会議の長さ。

このエントリーをはてなブックマークに追加

ぼくが会議設計すると、長めに時間をとることが多い。
もちろん会議の種類にもよるし、長くする理由があるからだけれども、長いのはダメって理由で問題視されたりすることがある。

会議が1時間で終わっても生産性が高まらないなら意味はないし、仮に8時間かかったとしても、そのコストに見合う結果が得られるなら良いんではないかと思っています(ここの効果測定は難しいけれども)

あ、誤解されるとアレなので書いておきますが、別に長いのが良いとは思ってないよ。
短けりゃいいってもんじゃないと思ってるだけで。

前に「ワールドカフェという会議手法」というエントリでも、こんな感じのことを書きました。、

時間もかかるし、会話が蛇行したりはするけど、リラックスした雑談「的」な会話(それでいて重要なトピックを扱ったもの)って、パワーがあるし、本質が潜んでいるよね。

とか

僕自身が「タバコ部屋の会話が一番クリエイティブでエキサイティング」だって思っていて、タバコ吸わないのに喫煙所行ってスタッフと会話を持つようにしているから。

こういうのを引き出したい時とか、リラックスした雰囲気を作るのに時間がかかる時とかは、長くなっちゃうんだよね。

短時間で生産性の高い会議なら最高なのですが、「会議は短くあるべき」みたいな、あるべき論がまかり通っていて、それが「時間は短いけれど、とても無駄な会議」の回数を増やす原因になってんじゃねーかと思ってるんですよね。

会議は、必要な時間を計算して、生産性やコストをしっかりと設計すべきだと思います。はい。
長いという理由で、ダメな会議と思われるのは心外なんで、そこらへんを理解してもらえるような仕組みも考えんとなあ。

「すごい会議」とか「ワールドカフェ」とか時間のかかる会議手法に共感するのも、会議というコミュニケーションに必要な長さをわかってる感じがするからかも。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)