エイベックス松浦さんのブログを読んで、改めて「理想的な働き方の多様性」を実現するのは(法律としては)今のところ無理ゲーと思ったりした話

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エイベックスが労働時間の是正勧告を受けた件で社長の松浦勝人さんがブログで「法律が現状と全く合っていない」と労基法を批判したみたいですね。
僕がネットの反応を眺めた感じでは労基署を支持する声のが多いような感じはありますが…。

まあ、労基署を支持する声のが多いのは仕方ないですよね。
エイベックス松浦さんも「現時点の決まりだからもちろん真摯に受け止め対応はしている。」とした上での意見として言っているので、まあどちらも分からないでもない。

先に書いておきますが、僕は自分なりに「こうしたらいい」という意見を持ち合わせていません。フワッとした意見にもならない感想くらいしか書くことができませんのでご容赦を。
この件はとても難しいことだと感じていますし、短絡的に答えを出すべきことでもないと思います。

松浦さんのブログも読んだけど、特に具体策としてあるべき姿が示されているわけではなくて、業界ごとの事情や個人の考え方があるのだから「改正が働き方の多様性に対応するものであってほしいと願う」という書き方をしている。
それは僕もそう思うけど、やはり具体策があるわけじゃないなーと。
なお、松浦さんのブログはポジショントークっぽいところが強くて、この言い方だと労基署を支持する(松浦さんに反発する)声が強まっちゃうのもわかる。

僕もサラリーマン時代に(ここに時間や条件を書いたら問題になりそうなくらい)アホかっていうほど仕事に時間を使っていたことがあって、人より時間を使うことで経験値を沢山得たり結果を出せたりしたから、「もし働くことを禁止されてたら今の僕はないし、仕事つまらなかっただろうなあ」と思うので、松浦さんがブログで言いたいことはわかるんだけどポジショントークっぽく書いてしまうと多くの人には受け入れられ難くなっちゃうだろうからもう少し慎重に意見表明しても良かったのでは、と思うところであります。

業界ごとの事情や個人の考え方があるのだから多様性に対応できる法律に改正して欲しい。

たぶん、この考え方に反対する人は少ないと思うんですよ。
考え方自体は良いことかと。

ただ、雇用側と働く人のパワーバランスを考えて「雇用側が、働く人から搾取しづらい仕組みにする」という労基法の大切な考え方を維持して、多様性を確保できる具体的なシステムを提案できている人って僕は見たことないんですよね。

確かに100年前に比べれば、いや50年前と比べても――――その時代に生きたことないから恐らくでしかないけれど――――2010年代に働く人たちの働き方を選べる自由度は高いとは思う。

雇用側に従うしかなかった時代に比べれば、働く人たちの自由度は比較的高く(あくまでも比較的、ね)なっているだろうとは思う。

ここまで自由度が高まったのだから、「搾取されていると感じたら仕事を辞めて他の仕事をすればいい」とか「自由意志で働く量を決められるべきである」と考える人が出てくることも理解できないこともない。理解できなくもないどころか、めっちゃわかる。わかる。ワカルヨー

最近、テレビでもそういう発言をした経営者がいたみたいでツイッターで話題にもなっていた。(その方がツイッターでしている発言もTogetterにまとめられていたのは見た)

その経営者の人が言う「搾取されていると感じたら仕事を辞めて他の仕事をすればいい」は分かる。
その後に続く「だから現状の法律はおかしい」も、うーん?…とは思うけど、まあ分からないでもない。賛同ではなくて、君たちの言いたいことは分かるよくらいの意味で。

賛同ではない、と書いたのはそんな簡単に仕事を辞めて他の仕事を選ぶなんてできないんじゃないかと思うので。いや本当に仕事を選ばないなら、そりゃ仕事はあるかもしれないよ。

それって「苦役が嫌なら、やりたくない仕事でも何でも楽な仕事をすればいいじゃない」ってことになっちゃう。「パンがなければケーキを」的な感じしませんか。多様性ってそういうことじゃないでしょう。選択肢に自由度が低すぎるし、自由度が低い人たち無視して多様性なんて言えない。

やっぱり、そんな簡単にいかない話だと思うんですよね。

「職種は良かったけど職場(会社)はヤバいところだった」とか「転職したら今ほど給与はみこめない」みたいな場合に、条件を変えずに会社だけ変えるとかはそう簡単ではないと思うんですよ。

働く人たちの自由度が高まっているって言っても「その程度」でしかない。

優秀・有能な人たちの自由度はものすごく高まる一方で、そこまで職場が自由に選べない人たちも沢山いるのだから法律やその運用が保守的になのは当然なのではないかと思います。

その上で、多様性を高めるにはどうするかって話になるのかなと思うんですよね。
前置き通り、「こうあるべき」という意見は僕も持ち合わせてはいませんが、まずもって自由に選べない人たちを減らしきったと言えるところまで減らしてからでないと社会システムで多様性を担保するなんてのは難しいんじゃないかなあとは思います。

(いまも議論され、改正が進んだりしているように)ゆっくりゆっくり改善していくことになるので社会に不満が出続けるんだろうけど、それはそれで仕方ないのかもしれませんね。
規制というブレーキが、働き方の実態とでバランスがとれないまま、「ブレーキが強すぎるぞ」「アクセル踏みすぎると落ちるやつがいるだろ」とヨレヨレと左右にブレながら少しづつ前に進んでいって、10年か15年くらいして振り返ってみるとたら少し良くなっている、そんな風にしかできないものなのではないかなあ、社会なんて。そんな気がしています

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