終礼・朝礼で言ったことの最近のブログ記事

販管費の使い方。 「投資」と「清算」

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いや、別に当たり前のことなんですけども、メモ的に書きます。


経年変化で汚れた店舗の外壁を塗り替えるとか、エアコンの入れ替えとか。
これは売上げが上がるだろうか?


もちろん、外観の問題で車からの視認性が落ちているとか、そういう場合は別だけども、僕は売上げに影響しないと思う。


でも、そういう場合でも販管費として(科目は場合によるだろうけど)金を使わないといけない。
僕はこれを「過去の清算」だと思うことにしているんだけど、たまに「投資」と勘違いする人がいるわけだ。


「これだけ金を使ってキレイにしたんだから、売上げが上がるだろう」みたいな。


もうね、アホかと、バカかと(古い)
金を使ったら売上げ上がるって何じゃそりゃちゅう話だよ。

でも、意外と、そういう人けっこういるんだよなあ。。。



「投資」と「清算」
僕も、経費使う時は、落ち着いて考えないと。

いや、本当に当たり前のことなんですけども。














ホスピタリティで売上は伸びません。それでも・・・

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今日のランチはコンビニでパスタを買いました。
僕はコンビニのパスタは箸で食べたいのですが、オフィスに戻ってから「お箸ください」と言うのを忘れていたことに気づきました。

そのコンビニは、パスタを買った時に「お箸とフォークどちらにしますか?」と訊いてくれる気の効く店員さんと、何も訊かずにフォークを袋に入れる普通の店員さんがいます。




さて。
もしも、このコンビニで働く人が、全員「気の利く店員さん」だったら売上は伸びるでしょうか。


僕は伸びないと思います。
僕が十数年、小売の店舗管理やサービス開発をしている経験上、売上げは伸びません。


あ、これは、比較対象が「普通レベルの店員さん」であるからで、「二度と利用したくなくなる最悪な店員さん」が比較対象だと話は少し変わりますけども。



このエントリのタイトルでも書いていますが、(特に小売は)ホスピタリティで売上げは伸びません
リッツカールトンの本を読み漁り、ザッポス(本を読んだのでザッポスについては近々、エントリを書くつもり)についても色々と思うところのある僕ですが、あれらの企業はホスピタリティが評判になったのではなく、サプライズ(WOWだっけ?)が評判になっているんだと思う。


あ、誤解されるといけないから(されてもいいけど)書くけど、僕は立場的にもホスピタリティを社員に伝えていく立場にあるし、そんじょそこらのサービスマンよりもホスピタリティ・マインドを持っている自信とプライドがある。
そして何より数々のお客様に喜んでいただいた経験がある。


それでも、あえて言おう。
ホスピタリィで売上は上がらない、と。



(あ、実はここからが本題ね)

何でこんなこと書くかっていうと、これは世の中の店長さんとか、店舗管理の人とか、社長さんとかに向けて書いているのです。


リッツカールトンだったかどこだったか、うろ覚えなんだけど、そんな感じの有名なセミナーで、ホスピタリティの偉い人が言ってましたよ。

『ホスピタリティはあくまでお客様に対しての敬意であって、商売じゃないんです。
ホスピタリティで売上げを上げようと思ったら、社員は地獄をみますよ。』

すっげーウロ覚えなもんで、まったく正確ではないんだけども、意味としてはこんな感じのことを言っていた。

僕も超絶同意です。これ、本当に本当。


ホスピタリィでは売上げは上がらない・・・それでも
「それでも、我々はお客様に敬意を払いたいし、とことん大事にしたい」という組織だけが、本当のホスピタリィを持つことができるんだと思うな。















付加価値のある組織にしたいものです。

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去年Twitterでつぶやいたことをブログにも書く。

別に僕は経営者ではないけれど、自由度が高い(そのぶん責任もあるけど)ポジションをやらせていただいている。
部下の採用とかも割と自由だし、組織作りの方向性とかも(こっちは全てが自由ではないけど、おおむね)僕の思うようにやらせてもらってる。


そこでいつも思うのが、
やりがい、楽しさ、働きやすさ、居心地の良さといった、給料にプラスした「付加価値」のある組織にしたいってこと

付加価値をつけることができないから給与を上げるっていう戦略もありだけどwww
どっちかってーと、付加価値のある組織のが社員の生産性高いと思うんだよね。

付加価値がある組織は、価値観を共有しやすい(付加価値に価値を見いだして価値観を共有できる人が残りやすい)から、スピード感が上がるよね。


付加価値がない組織だと生産性を上げにくいように思う(あ、ここでは給料の多寡は別の話ね)
そして、当然、生産性の低い組織では、社員に金を還元しにくい。



意外とここを軽視している組織って多いように思うんだよなあ・・・




・・・ってTwitterでボソボソ言ってたら、僕が「仕事のできる男」として密かにリスペクトしている片山さんが「隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密という本にそんな感じのことが書いてありますよ」って紹介してくれた。感謝!
まあ、まだ買ってすらいないんですけどね(ぉぃ





「カリスマ的リーダー」と「和気藹々としたチーム」という幻想。

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とあるリーダー向けの研修を受けた時のこと。

その研修自体は非常にためになる内容だったのですが、参加者の何人かが「リーダーに必要なものはカリスマ性」というような発言をしていた。

そりゃあ、カリスマ性なんて、あるに越したことはないけれど、それがないとリーダーがやれないなんて幻想なんだけどなあ。

少なくとも仕事の上では、必要ない。
上司と部下なんて、別に上司が人間的に偉いわけじゃなくて、お互い役割を受け持っているだけなんだから、それを理解して、ちゃんと役割を果せば特別なカリスマじゃなくても、ちゃんとリーダーになるんだけどなあ。

それを勘違いして、カリスマ的リーダーになりたいという欲求を抱えてリーダー業をやっちゃうとね、もう大変なんだよね。
どうしてもチームのメンバーからの人望が欲しければ、格好つけるのを止めて、メンバーと目標を共有して誠実な仕事をしていくしかないんだけど、自分の人望の無さにイライラしてダークサイドに落ちてる人は、それに気づかないんだよねぇ。。。

そんなに立派な人じゃなくても、落ち着いてこなせばリーダー業はやれるんだけどね。




あと、勘違いしやすいのは、「和気藹々としたチーム」が良いチームだと思っちゃうこと。
チームの問題を「飲ミ二ケーション」で解決しようとするタイプの人に多い勘違いwww

本当に良いチームは、やるべき業務や達成すべき目標を共有できているチーム。
仲良しチームって、決して良いチーム・勝てるチームじゃないんだよねぇ。

多分、この手の勘違いをしちゃうリーダーが目指しているチームって、「ツーと言えばカー」的な、「目と目で通じ合う」的なアレなんだけれども、そんなこと友達なれそうな人だけでメンバーをそろえた時しかできるわけないじゃん。

そんなアホなこと言っているヒマがあったら、やるべき業務や達成すべき目標を共有できているチームを作ればいいんだよ。友達にはなれないかもしれないけれど、「こいつの仕事は信頼できる」っていうような感じで、友人とは違う形での信頼関係を築けるんだけどなあ。




普段から中間管理職の人に言っていることなんだけども、自分へのリマインドを兼ねて書いてみましたです。はい。
なんか最近、組織についてばっかり書いてるから、そろそろ方向転換したいなあ。


妄想だけれど「しなやかさを持てる文化の組織」を作りたい

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徒然雑文。

前にも同じようなことを書いたのだけれど、最近は「素直さ」の貴重さ・重要さを痛感しています。


最近は色々な人にこの話をしているんだけれど、すると10人中10人が『しなやかさって大事だよね』って言う。

でも、実際には残念ながら、会議手法・販売方法・勉強方法、なんでもいいんだけど、捻りを加えないで『まずは、良い方法を"そのまま"半年やってみる』みたいなことができる人は、あまりいない。


僕自身が頑固なタイプだから、なかなか自分もできていないんだけれどね。


最近は、こういった良い素直さ(しなやかさ)を持っている人というのは宝石みたいに貴重な能力だなあと感じるようになってきた。

斬れ味も大事なんだけれど、「斬れている人」は探せば結構いる。
でも、「しなやかな人」って少ない。本当に凄い貴重な能力だと思う。


ちなみに、従属したり、YESマンになるのとは、ぜんぜん違う。
ちゃんと自分で本質的な良さを「深く理解して受け入れる」ってことね。

文字にすると当たり前のことなのに、これが本当に難しい。

しなやか「っぽい」人なら結構いるんだけどねぇ。
腹の中では、素直に受け止めてないのに表面的に素直な感じの人とか。
ここで僕が言ってるのは、そーゆーのじゃない、本当の素直さのこと。



  ・自分とは違う考え方やフレームワーク、文化を素直に受け入れられる
  ・従属するのではなく、自分の頭で受け入れるべきものかどうか判断ができる
  ・物事の良し悪しを本質的に捉えることができる
  ・受け入れたことを信じて、実行する力を持つ



僕は、そういった「しなやかさ・素直さ」を持てるかどうかっていうのは、組織の文化や環境によって大きく左右されると思っていて、自分の組織に関ってくれる人たちが「しなやかさを持てる文化の組織」を作りたいと思っているんだよね。
あくまで僕の妄想にちかい願望みたいなものなのだけどさ。

ついつい、斬れ味やパワーがあるアタッカータイプの人ばかりの組織を目指しがちだけれど、しなやかな人たちが集まった組織が最強だと思うよ。





『人を育てたい』って人が多い気がする。

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どの業種でも『人を育てたい』って人が増えた気がする。

「育てる」って言葉自体が、なんか上から目線なんで好きではないのだけれど、あえて本エントリでは「育てる」という言葉を使って人材育成について書きますです。。。

       

望んでか、望まずかは別にして「育てる側」の立場にいっちゃった人は、2種類の人がいると思う。

育っちゃった人』 と 『育てられた人』だ。


数値的な根拠とか何もないけれど、感覚では、「育てる側」にいる人は圧倒的に『育っちゃった人』が多い気がする。

良くも悪くも「育っちゃった人」は、パワフルだよね。パワーがあるからこそ、「育っちゃえる」わけで、そういった意味では育てる側にまわるのも必然とも言える。




育てる側に回ると、多かれ少なかれ、自分の経験だとか、自分が成長を感じた体験だとか、そういったものを後進の育成に有効に使おうとするわけです。大抵の場合。

「育っちゃった人」は、自分のセンスとスキルとバイタリティで「育っちゃった」もんで、経験を元に人を育てようにも、自分と同様に『育っちゃうことができる素質を持った人』しか育てられないことが多い気がする。

これは「育てる側」として大きな欠陥となりうる。
『育っちゃうことができる素質』がある人なんて、そんなにいっぱいいないし。
そもそも『育っちゃうことができる素質』がある人は、(ある程度の環境さえあれば)育っちゃうんだから、「教える側」が頑張る必要がなくなっちゃう。

『素質がある人』しか育てられないのでは、「育てる側」としての仕事は何もできていないのと同じってこと。


そういった意味では「育てられた人」のが、自分の体験を元に「育てられる人」を目指せるから、(ほんの少しだけ)楽かもしれないな。ほんの少ししか楽じゃないと思うけどね。




あ、誤解されないように書いておくけれど、会社は義務教育じゃないから、しきい値みたいなものも必要であるとは思ってますよ。もちろん即戦力に近い人材や、育てるコストがかからない人を採用する戦略もアリだと思ってます。

ただ、大抵の場合は、そういったことは難しいんだよね><
コストや事情なんかが許さないじゃない?


「育てられる人」がいて「育つ環境」のある企業は、社員のパフォーマンスが発揮されていて、かつ個人に依存し過ぎないことができるから、環境変化に強いと思う。


『素質がある人』以外を認めないのに「人を育てたい」って言っている人は、ものすごく矛盾してると思うんだけど、割とそういう人って多くありませんか?







管理したいという本能的欲求について。

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前回のエントリで、僕はこんなことを書いたわけですが、


よくある企業の失敗として、成長期から安定期に入る過渡期に『変態排除』をしてしまって、結果その企業「らしさ」がなくなり、パワーダウンする・・・というのは、よく見かけます。
成長期から安定期に入る時に、乱気流にハマるみたいに失速する企業が多いのは、ここが原因だと僕は考えているのです。


この例に限らず、事業や企業を『成長期から安定期にソフトランディングさせる』ことは本当に難しい。
ものすごく難しいんだ。


でも、たいていの場合、経営者やリーダーは具体的な問題が噴出するまで気づかない。
または気づかないふりをする(不況のせいとかにしちゃうことが多い)



最近、よく社内で言いまわっているのだけれど『管理は商売の一部でしかないのだから、管理自体が商売そのもの、仕事の本質であるかのように考えるな』ってこと。

・・・自分では大事にしているマインドなんだけど、どうも言葉にするとチープだな(汗)
誰か、格好良く言い換えてくださいw



事業や企業が、成長期から安定期に入る段階になると管理体制の強化が必須になってくる。
その時に、陥りやすいのは、『管理欲求の噴出』だ。

人間に元々そなわっている欲求なのか、日本人の文化なのか知らないけれども、僕の知る限り、人間は『管理したがり』だと思う。(そして、それと同じぐらいナマケモノでもあるのだけれど)


成長期から安定期に入る段階になると、この管理欲求が過剰に反応してしまうのだ。
『企業として』とかいう枕詞をつけて、『○○は管理されるべき』と。


まあ、そこだけフォーカスして切り取るなら、『管理されているんだから良いことじゃない』みたいな話になるのだけれど、その反作用が語られることは少ない。反作用的に売上げが下がったりモチベーションが下がることには言及されなかったりするわけだ。

管理は商売のためにあるのであって、管理は管理のためにあるわけではない。
そして、管理は仕事ではない。管理はツールでしかなく、それ単体で仕事になることなどない。
(上手く表現できずにすみません。意味つたわるかなあ?)


全体最適化を行うために段階的に局所的な最適化を行うためのツールとして管理を使うことができる人は、割と少ない。
だって、それを行うためには文化創造とかビジョンとかいうような大きな視点が必要なんだよ。



管理は全体最適化には絶対になり得ない。
それは局所的な最適化に過ぎないんだけど、まるで全体最適化を行っているような錯覚に陥るんだよな。




























自分はダメじゃないのか、気づかなくてはならない。

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近々、隣町(江ノ島)に引っ越してくるらしい、マーケターの河野さんが、引越し業者から見積もりをとった話が気になる。

簡単に説明すると、引越し屋さんの説明不足にガッカリしたって話なんですけどね。


後になって見積もりの明細を見たら、営業の人が「置いていきますね」と言ったダンボールの値段(3,500円)がしっかりガムテープ(320円)と一緒に請求されていた。
いや、別にタダでくれとは言ってないんだけど、「貴重品を入れるのにいくついりますか?」って聞くときに、有料だってことは伝える義務があると思う。こっちは無料だと思うから「じゃあ5枚か10枚」と答えただけで、そもそも「お任せパック」なんだから有料だと聞いてたら「1枚でいい」って言ってるのに。

(中略)

で、これはプロの仕事じゃないなと。

これって、営業さんに悪気はなかったと思うんだよなー。
いや、悪気ないから良いって話じゃないよ。逆。
悪気なさそうだから、プロとしては最低ってことに気づけないだろうなって話です。

自分がお客様に悪いことをしたって営業さんは思えただろうか?
「えー、欲しいっていう数のダンボール置いていっただけなのにー」なんて考えてはいないだろうか。
他社なのに心配になっちゃいます(笑)

「お客様に対して誠実であるということは意外と難しい」って話を部下にしたくて、この話を教訓として引用させてもらったくらい気になる話です。



商売をする者として、河野さんのエントリ本文も教訓になるんだけど、そのコメント欄についたコメントが超至言。

明細にのっけただけで「説明責任」を果たせていると思うのなら、その人はダメだし、会社もダメだと思う。


お客様に対して慣行(自社の都合)で対応してしまっていないか、自分はダメじゃないのか、つねに考えていきたいものですね。胸に刻もう。

ツッコまれるポイントをなくすための仕事

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仕事をしていて、たまに見かけるのは『ツッコまれるポイントをなくすための仕事』をしている人。


ツッコまれるポイント(自らの弱点)に気づく能力があるのは素晴らしいことです。

だけれども、ツッコまれるポイントをなくすことは、素晴らしい仕事とイコールではないのです。
そこに気づいていないことが多くて残念に思うわけです。


例えば、何かのサービスの告知を作る時に、「アレはできません」とか「コレにご注意ください」とか「・・・な場合は、XXです」って注意書きを増やすことが親切だと思っていたりするっていうようなこと。

告知ページの半分くらい赤の強調文字で書かれた注意点が羅列しているサービス告知を見て親切なサイトだって思う人は少ないと思うんだけど、そういう注意書きを増やしたれを書きたくて仕方がない人っていうのは「書いてないってツッコまれちゃうじゃないですか。不親切ですよ。」を合言葉に、ドンドン増やしちゃう。

別に本当に必要ならいいんだけど・・・、それって本当にお客様のためになってるのか?
何人中、何人の人が必要なのってことを確認してみると、実は不要だったりするのですが、そういう人は注意書きを凄い勢いで書き足していく。


それってホスピタリティという名の保身じゃんって話ですよ。
お客様に丁寧に説明をするのが嫌だから、「ここに書いてあります」って言いたいだけちゃうんかと。
それって、ツッコミ入れられたくないだけの、ただの痛がりだよねー。



これについては、過去にもホスピタリティという名の保身というエントリを書いているので、良かったら読んでください。


    

『しなやかさ』を持ちたい。

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自戒も込めてエントリ。
ぼく自身もそうだけれど、悪く言えば頑固、良く言えば自分の考えがあるタイプの人が身の周りに増えた気がしています。


先日、某社のCOOと話をしていた時に、「会議手法でも勉強方法でも、用意されたフレームワークにのっかる素直さがないと、どんな良い手法(フレームワーク)を用意しても全然ダメ」みたいな話になって、なるほどなあと思ったのです。

もちろん、そこは管理職とかファシリテーターとかが頑張ればいいんじゃねーかって話なんですが、それにしたって受け手側の素直さというか『しなやかさ』みたいなものが少しは無いと先に進めないですよね。




この話、頭で理解することは簡単なんですよ。
最近は色々な人にこの話をしているんだけれど、すると10人中10人が『しなやかさって大事だよね』って言う。


でも、実際には残念ながら、会議手法・販売方法・勉強方法、なんでもいいんだけど、捻りを加えないで『まずは、良い方法を"そのまま"半年やってみる』みたいなことができる人は、あまりいない。


誤解なきように書いとくけど、別に僕は『言われた通りにやるのが偉い』という話をしたいのではないですよ。『言われた通りにやる』ということは実は凄く難しいことで、しなやかさを持っている人は貴重だって話です。


ぼくも『しなやかに物事や人を受けれる』ことができるようになりたいなあ。
それはすごく大事なことですが、簡単なようで難しいことだと思うのです。




   

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